ほっとひと息、こころにビタミン vol.56
精神医療の現場で注目されている「認知行動療法」の日本における第一人者の大野裕先生が「こころ」の健康についてわかりやすく解説します。
【コラム執筆】
日本認知療法・認知行動療法学会理事長
ストレスマネジメントネットワーク(株)代表
精神科医 大野 裕
「ガチャ」と決めつけない
「親ガチャ」という言葉を耳にすることがあります。子どもは親を選べず、生まれた環境によって人生が左右されるというネガティブな意味で使われています。
確かに、うまくいかないことが続いたときに、そのように考えたくなる気持ちは分かります。でも、そのように考えても、現実は変わりません。自分の人生が運命的に決まっているように思えて、絶望的になるだけです。
私自身も、特に若い頃、物事がうまくいかないとそのようなことを考えていたことがあります。私は僻地(へきち)の出身で、中学からは親元を離れて下宿生活を送りました。戦後の貧しい時代、交通網も貧弱です。家庭から遠く離れて生活する寂しさに圧倒される毎日で、そのような環境に私を置いた親を恨みました。
早生まれで体が小さいことに劣等感を感じて、身長を伸ばしたいと鉄棒にぶら下がったりもしていました。このように考えると、「親ガチャ」の他にも、「時代ガチャ」「地方ガチャ」「誕生月ガチャ」など、いろいろな言い方ができそうです。
でも、その一方で、私の憎まれ口を受け止めてくれる親がいました。落ちこぼれで落第した私を受け入れてくれる友だちがいました。何よりも、その頃のつらい体験のおかげで、悩んでいる人に寄り添いながら悩みに耳を傾ける精神科医としての力も育ちました。
人生は生き物で、動き続けています。それを、「ガチャ」と決め付けてしまうと、先に進めなくなります。決め付けから自由になって、自分の体験をしなやかに生かすことで、自分らしい生き方ができるようになると、私は考えています。
大野 裕(ゆたか)
ストレスマネジメントネットワーク(株)代表。精神医療の現場で注目されている「認知行動療法」の日本における第一人者で、日本認知療法・認知行動療法学会理事長。著書に『マンガでわかる心の不安・モヤモヤを解消する方法』(池田書店)など。