働き盛りのメンタルヘルス vol.7
今回から事例編に入ります。今月は「働き盛り世代」が上司として直面するケースを参考にしながら、メンタルヘルスについて考えます。
今月の事例
有名大卒のA君は今春入社の新入社員の1人で、総務部に勤務。現在は会社の社員寮で、1人暮らしをしています。性格は真面目で、バリバリ働くというよりは、自分のペースを守りつつ仕事をするタイプです。仕事は忙しい時期もありますが、日々業務に追われているというわけではありません。
これまでも遅刻や欠勤はありましたが、最近とみに目立つようになってきました。しかしA君は就業後や休日は明るく、同僚や友人と楽しく飲んでいる――A君の上司は同じ社員寮に住むB君から、そう聞いています。
みかねた上司は、A君を呼び出して注意しました。
上司「最近どうした。遅刻が多いじゃないか。休みがちだし」
A君「病院へ行ったりしてたんで…。最近、体調が悪いからって、話したと思います。連絡はしてるし問題ないですよね」
上司「もう学生じゃないんだから、そんな理屈通らないだろう。気持ちがたるんでるからこういうことになるんだ。だいたい、社員寮で楽しくやってるらしいが、遅くまで飲んでるから起きられないんじゃないか? 気をつけてくれ」
A君「楽しくやってませんよ。誰がそんなこと言ってるんですか?」
上司「誰でもいいだろう。それより、しっかりしてくれよ。期待してるんだから。頼むよ!」
その後、上司の元にA君から、うつの診断書と休職手続きの書類が郵送されてきました。
人ではなく起きている出来事に視線を向ける~メンタルヘルス問題への対応フロー
まずはメンタルヘルス問題に対する見方を整理しましょう。個別ケースへの対応では、困っている人ではなく、問題そのものに視点を向ける必要があります。人間は感情の生き物ですから、自分が好きな人・嫌いな人が必ず存在します。しかし、上司としてメンタルヘルス問題に対応していく時には、人を平等にみることが必要です。頭では分かっていても、生理的・感覚的な好き嫌いはなかなかコントロールしにくいものです。その分、注意が必要だといえるでしょう。
感情的な問題以外にも、仕事のミスが多い社員と、有能な社員がメンタルヘルス不調を訴えるケースでは、受け手側の印象が違うということが少なからずあります。前者に対しては「どうせサボりたいだけだろう」などネガティブな感情を向けがちですが、後者に対しては親身な対応や、「なぜ彼が」といったような同情的な対応がなされることが多くあります。このように、人に力点を置くと感情に左右され、その背景にあるメンタルヘルス不全を生じさせている原因を正確に捉えることができなくなります。企業ではさまざまな人が働いています。たとえ問題の多い社員がメンタルヘルス不調者であっても、その人を責めるのではなく、背景にどういった事実があり、その事実が職場環境にどのような悪影響を与えているのかを考える視点を持つことが大切です。そのためには、まず相手の話を聞くことが必要です。話がおかしいと思っても、とりあえず聞く。ただそれだけでも、メンタルヘルス不調者にとっては、救いになることが少なくありません。
次に聞いた情報を参考に、問題となっている背景にある原因を考えていくプロセス、状況把握を行います。たとえば、過重労働でうつ病になりそうだというケースでは、実際に労働時間等を調べればそれが原因であるかどうかが確認できます。事実を確認し、過重労働とはいえないということであれば、本人の要因である可能性が高まるわけです。このような状況査定がなされてはじめて、問題の所在が明確になり、対応策が検討できるようになります。これらのプロセスに従い、対応策実施後は状況観察、つまり継続的なフォローを繰り返し実施することで、組織におけるメンタルヘルス問題への対応パターンをつかんでいくことが可能となるのです。
人と向かい合えるゆとりを持てるようにする
それでは、対応フローの視点から今回のケースを見ていきましょう。この事例では、まず話を聞くプロセスに問題がありました。上司は、A君が嫌いであっても、問題行動があると考えていても、プライバシーに配慮したうえで、まずはA君の言い分を徹底的に聞く必要がありました。この例ではB君から聞いた話もあって、冷静に向かい合えなかったようです。
次に事実確認を慎重に行う必要がありました。病院に行っているならなぜ通院しているのかを聞いたり、B君はじめA君と付き合いのある人物から具体的な話を聞き、A君がどういったことで悩んでいたり不満に思っていたのかを確認します。また、上司が見ていないところで、残業を繰り返していたのかもしれませんから、勤務時間の確認も必要でした。
今回の事例では、状況把握を行った上で、本人と環境のどちらの問題が大きいのかを確認し、問題がなんであるのかを考えなければならなかったといえます。それが十分にできなかったのは、上司である「働き盛り世代」にA君の話を聞けるこころのゆとりが不足していたからかもしれません。
働き盛り世代が、部下との関係を良好に保つためには、自分自身のこころにゆとりと余裕を持てること、つまり、自分自身のストレスマネージメントも重要であるといえそうです。
※このコラムは「健康保険」2010年10月号に掲載されたものです。