HOME > 健康コラム > 働き盛りのメンタルヘルスベストセレクション > 働き盛りのメンタルヘルス vol.9

働き盛りのメンタルヘルス vol.9

嫌いな人は好きになれない――嫌いな人と折り合いをつけていく方法

日々顔を合わせる人たちと、円滑なコミュニケーションが取れたとしたら、どれだけ気持ちがよいでしょうか。理想的な人間関係を築くための努力を職場の中ですることは、「働き盛り世代」のメンタルヘルスを高めるところにつながるのです。

今月の事例 ―― 部下との人間関係が悪い

課長のAさんは今年の4月、人事異動で新しい部署に異動となりました。これまで経験したことがない事業部での管理職。事業の理解はもちろん、部下や同僚とのコミュニケーションに時間を割くことも惜しまず、努力を重ねていました。

ところが、同じ部署に長く務めている係長とのコミュニケーションがうまくとれません。係長はその部署に長く在籍しているため業務にも精通し、また部下からの信頼も得ています。Aさんは係長とコミュニケーションをとらずには仕事が進まない立場にありますが、正直なところウマが合わないと考えていました。きっと相手もそうだろうと考え、気がつかないうちに、コミュニケーションを避けているような状態に陥っていきました。すると次第に、他の部下とのコミュニケーションまでもがうまくとれていないと感じだしました。

「これは係長があることないことを吹き込んでいるに違いない」。風のうわさで係長が自分の陰口を部下たちに吹き込んでいるとの話も聞いていたので、そう思い込んでいます。

この件でさらに係長とコミュニケーションをとるのがおっくうになったAさんは、部署の中で次第に孤立していきました。自分がいなくても仕事に問題はなく毎日が過ぎていく、自分は必要がない人間なのではないか――このような感覚に襲われる機会が増えていきました。職場環境が改善しないなかでAさんは、胃痛や下痢が続くなど体調不良に襲われることも増えました。かかりつけ医のアドバイスで心療内科に通院したところ、自律神経失調症と診断されました。現在も毎日薬を飲みながら出社していますが、状況は一向に好転しません。

マイナスの感情からはマイナスしか生まれない

「なんとなく嫌だな」とか「あの人とは合わなそう」など、相手に対してマイナスの感情を向けてしまった時点から、その人とのコミュニケーションは負のスパイラルに陥ります。マイナスの感情はさらなる関係性の悪化を生じさせ、やがては、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という状態まで発展しかねません。ここまでくると、具体的な理由がなくとも、その人がいるだけで気に入らない、腹が立つ、おちつかない――などという状況になりがちです。

元はと言えば、「なんとなく」相手に向けてしまったマイナスの感情が発端となり、関係が進むにつれて、気に入らない理由がより具体的になっていく。そして、時間の経過とともに後付けの理由が増えていき、「大嫌い」のような感じになっていくのです。

だからといって、みんなと仲良くしましょうなどと言いたいわけではありません。相手が嫌いであることを受け入れられない状態にある、つまり、嫌いな人と向き合う準備ができていないから、気付かないうちにマイナスの感情を相手に向けてしまうのです。ポイントは、関係性がより悪化する負のスパイラルに陥る前のちょっとした心がけにあります。

苦手なクライアントを訪ねるときはこころの準備をしておくように、大切なのは、自分の嫌いな相手がいる現実を受け入れるところにあります。このような心がけは意識せずにやっている人が多いはずです。こうした意識を社内の苦手な人と接するときも持ってみるよう意識してみると、状況は好転するかもしれません。

人に対する好き嫌いやその判断には、思い込みや食わず嫌いの要素が多分に働いていると考えられます。じつは人を好きになるのにも、嫌いになるのにも明確な理由はないのです。

相手は変えられないが、自分を変えることはできる

それでは今回の事例を見直してみましょう。Aさんと係長の関係は、修復が難しいほど悪化してしまったように見受けられますが、当初からこのような険悪な関係ではなかったはずです。「ちょっと苦手だな」くらいのものが、気が付いたら対立してしまっていた。これはどうしてなんだろう、自分が何かやったのか――と、よくわからないうちに、マイナスの感情をお互いに向け合ってしまったようです。

このような状況に陥った理由をAさんは、係長のせいだと決めつけています。しかし、もしかしたら係長は単に人見知りをする性格で、ただ人と打ち解けるのに時間がかかる人なのかもしれません。

相手を変えることは難しいですが、自己を見つめ直していくことで、自分の相手に対する関わり方を変えることができるのです。悪くなってしまった人間関係は、時間がかかるとはいえ修復は可能なのです。Aさんが係長への関わり方を見直し、プラスの感情を持ったコミュニケーションを係長にとり続けていくことで、2人の関係に変化のきざしが現れるものと思います。

※このコラムは「健康保険」2010年12月号に掲載されたものです。

ベストセレクション