健康コラム
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
昨今、「従業員の健康=企業の重要な資本」との考え方のもと、健康経営を実践する企業が増えています。「企業・健保訪問シリーズ ~健康経営 事例紹介~」では、さまざまな工夫で健康経営に成功している企業をご紹介していきます。
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
日産自動車株式会社
健保組合の診療所と協働し職場単位のきめ細かな健康づくりを推進
1933年創業の日産自動車株式会社は、15の国や地域で生産拠点を持ち、170以上の国や地域で自動車販売を行うグローバル企業である。「働く仲間の安全と健康は全てに優先する」を健康宣言として掲げ、「健康経営優良法人(ホワイト500)」にも連続して選定されている。健康経営の取り組みは同社安全健康管理部と日産自動車健康保険組合が長年協働して実施しており、各事業所の診療所スタッフ(健保組合職員)と、職場の安全健康係長が日々の健康活動を推進している。
同社の具体的な取り組みについて、日産自動車株式会社人事本部安全健康管理部部長の吉本浩和さん、同人事本部安全健康管理部の野中由美さん、日産自動車健康保険組合理事長の上野敏夫さん、同常務理事の福永昭子さん、同健康推進室室長の平山佳子さんに伺った。
【日産自動車株式会社】
設 立:1933年12月26日
本 社:神奈川県横浜市西区高島町1-1-1
代表執行役社長 兼 最高経営責任者:内田 誠
従業員数:23,166人(単独)、134,111人(連結)(2023年6月末現在)
2019年2月より健康経営優良法人「ホワイト500」4年連続認定
──「働く仲間の安全と健康は全てに優先する」を宣言
日産自動車株式会社
人事本部安全健康管理部
部長 吉本 浩和 さん
吉本さん ▶
日産自動車のコーポレートパーパスは、「人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける」としています。自分たちの強みを再認識し、「人々の生活を豊かにする」ことに軸足を置くという私たちの願いも込められています。その根底には、「他のやらぬことを、やる」という創業以来のDNAが流れており、電気自動車開発をはじめさまざまな技術革新に取り組んでいます。
安全衛生基本方針は、共通の価値観として「働く仲間の安全と健康は全てに優先する」を掲げ、これを安全衛生委員会や健康経営推進会議など、安全衛生に関係する社内の全ての会議の冒頭で復唱しています。
野中さん ▶
このフレーズをそのまま当社の「健康宣言」としました。いろいろと考えましたが、やはりこれに尽きると思っています。
日産自動車健康保険組合
理事長 上野 敏夫 さん
上野さん ▶
日産自動車健康保険組合は、日産自動車をはじめ61の事業所、6万8000人の社員、6万人の家族に対し、その健康を応援しています。61の事業所のうち、比較的従業員数の多い26社が健康経営優良法人認定を受けており、被保険者の約90%が認定企業に属しています。日産健保組合自身も2023年の健康経営優良法人大規模法人部門ホワイト500に認定されました。
各事業所には診療所があり、外来診療・健診や保健指導などを行っていますが、診療所は全て健保組合に属しています。このため、保健事業から健診・医療まで一貫して専門家集団が連携して知恵を出し合って、さまざまな事業を企画・実行しています。
健保組合のビジョンは「みんなの健康応援団」であり、①安心と信頼の医療保険の提供、②1人ひとりの健康長寿を目指した効果的な保健事業の展開、③スリムで効率的な事業経営――をミッションとして各種計画に反映させています。
【図1】健康経営の推進体制
吉本さん ▶
日産の特徴として、各工場や事業所に通常のラインと離れ、独立した専任の安全健康係長を配置しています(図1)。この「安健係長」とわれわれ安全健康管理部は各事業所の安健主管課を通じてコラボし、さまざまな活動を進めています。安健係長は各事業所各課に1人、現業部門を中心に全国に約250人いて、職場パトロールやわれわれが進めている健康施策を現場で推進してもらっています。
野中さん ▶
小さなことでいえば、休職していた社員が復職で産業医面談をする際、診療所に付き添いで来てもらい、職場の状況を伝えてもらっています。直属の上司ではなく、第三者的な立場であることがよいところなのだと思います。
──報告会やゾーンケアでメンタルの予防力強化
日産自動車株式会社
人事本部安全健康管理部
野中 由美 さん
野中さん ▶
健康課題は大きくフィジカルとメンタルに分け、それぞれに戦略マップを策定しています。
このうちメンタルヘルス対策では、私の前任者が2005年という早い段階からメンタルヘルスプログラムを立ち上げており、①ストレスチェック、②相談カウンセリング、③職場改善活動、④メンタルヘルス研修、⑤復職プログラム、⑥コンサルティング――という6本の柱で取り組んできました。
活動の一番のポイントは、ストレスチェックとセットで行う組織分析の結果を、小単位の「報告会」という形で各事業所の管理監督者に報告している点です。報告を受けた管理監督者が結果を想定している場合は自然と改善に向かっていると捉えていますが、高ストレスであると想定できていない場合には、われわれのほうから改善活動の声掛けをし、相談窓口の紹介、研修の提案、職場懇談会、上司へのコンサルテーションといった活動につなげていきます。
重要な点は、管理監督者のマネジメントサポートであること。一度活動につながった管理監督者は、リピーターとして何かあれば相談してきてくれるようになります。
また、日産独自の視点で重視しているのが「ゾーンケア」です。これは、「入社3年目まで」や「工長層」など、年代別や層別のケアであり、同じ立場、環境の人が横連携や共感できる場の創出を根幹に置いたケアになります。何かを改善するというよりも、同じような立場の人が集まって話すことが、気付き、内省の機会を持つことにつながり、予防力を高めることにつなげるという活動です。
このほか、入社1〜3年目の社員を対象に、臨床心理士によるカウンセリング体験をしてもらい、人に話すことの大切さを体感してもらう機会をつくっています。こうした中で、睡眠の悩みなどがあれば診療所につなぐなど、社内リソースの紹介も行っています。
──白衣のスタッフが職場の休憩所で保健指導
日産自動車健康保険組合
健康推進室室長
平山 佳子 さん
平山さん ▶
1996年頃までの保健指導はご本人と1対1で行い、何かあれば基本的には診療所に来ていただくというスタイルでした。工場の総合品質管理の審査の場で、保健指導の改善報告を行う機会を得ることができ、以降は、白衣のわれわれが現場に出掛けて休憩所で面談させていただいたり、対象者の日常をよくご存じの上司の方にも健康アドバイスをいただいたりというように、徐々に職場における健康活動ができるように変わってきました。
1対1では年間数百人しか保健指導できませんが、タテの組織を使うと数千人規模のアプローチをすることもできます。また、職場内を白衣が歩き回ることで、「そういえば健康診断があるんだっけ」といった気付きを促す広告塔としての役割も果たせます。
当時から安全衛生活動計画の中に健康面の取り組みが入っており、診療所としても職場と一体となって肥満対策や喫煙対策を進めてきました。ただ、2008年から特定保健指導が始まり、ここに多くの工数を割かざるを得なくなった結果、40歳以上を対象とする活動が中心になる傾向となりました。
とはいえ、入社時から生活習慣病関連の所見がある人も多く、特定保健指導開始の40歳までに一気に悪化する傾向も見られます。そこで、40歳未満の従業員向けのEラーニング教材を開発しました。受講3カ月後・9カ月後に、生活習慣改善の意識継続を目的としたリーフレットの配布や行動変容のアンケートも行っています。2020年度から始め、この3年間で、20歳代からの急激な悪化が緩やかになっているといった効果が見えてきました(図2)。こうした活動を続けることで、若い層の健康度を引き上げていきたいと思います。
【図2】全従業員の健診結果分析
5歳年齢階級別 無所見者率 3年間の変化
野中さん ▶
仕事と治療の両立支援にもしっかり取り組みたいと思っています。産業医からも、がんの治療を続けることによる本人の雇用不安であったり、体調不良のある従業員を現場作業につけてよいのかといった現場からの不安の声があると聞いています。
実は私自身もがん経験者なのですが、検診で早期に見つかり、治療も短期間で済みました。健保組合にレセプトを調べてもらっても、がんをはじめとした休業者が増えていることが課題になっています。がんの精密検査受診率はまだ100%ではないため、まずは100%にすることを今期の目標に掲げています。
──健保組合と企業の連携で岩盤層にも届く支援を
吉本さん ▶
今後の展望として、健保組合が運営している診療所がまずは気軽に相談できる場所であってほしいと思います。診療所とわれわれ会社側が連携し、従業員が上司や会社に言いにくいこと、悩みに感じていることを診療所のスタッフが受け止めてくれることを期待しています。
また、診療所が持っている健診データやわれわれが持っている社内アンケートの結果などを合体させ、いろいろな活動につなげていきたいと思います。
平山さん ▶
健保組合としてさまざまな施策に取り組んでいますが、本当に参加してほしい「真のターゲット」にはまだ十分手が届いていないと感じています。いざ始めても継続することが難しい人も多いので、続ける環境を整えていくことも重要と思います。会社側としっかりタッグを組んで、皆さんの健康の応援団になっていきたいですね。
野中さん ▶
私たちにとっては、従業員が「お客さま」であり、私たちの取り組みがお客さまに伝わらないと意味がありません。これはお客さまに伝わるか、という目線で常に取り組みを確認するようにしています。そうしたときに、従業員との接点が多い健保組合に活躍していただくことで、「何かあったら診療所に」が最もお客さまに必要なものであると考え至りました。そこで、今年改めて診療所を「現場の保健室」と呼んでPRし、先ほどの安健係長を通じて働き掛けていきたいと思っています。
日産自動車健康保険組合
常務理事 福永 昭子 さん
福永さん ▶
健保組合が母体企業の診療所を運営しているというのはとても珍しいと思います。診療所の職員が健保組合の職員であり、その職員が健康診断から保健指導まで、全て内製で行っているというのも珍しい。直接従業員の人と接しているからこそ、いろいろな施策や効果が表れていると思っています。
日産健保組合とすると、被保険者の約半分が日産自動車の事業所ですが、それ以外の関連会社の皆さんは、日産自動車を参考にしながら事業を行う傾向にあります。診療所で培った活動をグループ企業の健康づくりに活かし、健保組合全体で底上げができたらと思います。
上野さん ▶
健保組合ではさまざまな施策を従業員に寄り添って進めてきています。しかし「健康は個人の自由」と考えて安衛法の自己保健義務を意識されず、寄り添っても動いてくれない従業員も一部いらっしゃいます。そこで、より強力に事業主とのコラボ事業を進めていけば、そのような岩盤層の人たちも少しは動いてくれるのではないかと考えています。従来よりも、より一層事業主との連携を進めていきたいですね。